「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の目的やポイント・事例も紹介
日本企業の国際競争力向上が叫ばれるなか「資本コストや株価を意識した経営」が注目を集めています。東京証券取引所の要請を受け、多くの企業がこの取り組みを進めていますが、その本質的な目的をご存知でしょうか?
そこで本記事では、目的や取り組み方のポイント・具体的な事例を紹介するので、ぜひ参考にしてみてください。
目次
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」とは
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の目的
1. 「日本企業の企業価値向上と国際競争力の強化
2. 資本効率の改善と持続的成長の実現
3. 株主・投資者との建設的な対話の促進
資本コストや株価を意識した経営に取り組む際のポイント
1. 現状を分析する
・ 投資者視点で資本コストを捉える
・ 投資者視点に基づき分析・評価する
・ バランスシートの状態を点検する
2. 計画を策定して開示する
・ 経営資源の適切な配分を意識する
・ 資本コストを低減させることを意識する
・ 経営陣が企業価値向上に積極的に取り組める仕組みを整える
・ 中長期的に目指す姿とこれからの取り組みを紐づける
3. 取り組みを実行する
・ 経営陣・取締役会が積極的に対話に関与する
・ 株主・投資者の属性に応じてアプローチする
・ 対話の実施状況を開示する
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示事例
1. 住友林業
2. アイシン
3. 神⼾製鋼所
ポイントを押さえて「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に取り組もう
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」とは
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」は、企業が持続的な成長と中長期的な企業価値向上を目指すためのアプローチです。この取り組みは、企業の国際競争力強化や資本市場の活性化、そして日本経済全体の持続的な成長につながることを目指しています。
この取り組みでは、バランスシートを基礎とする資本コストや資本収益性を重視した経営が求められます。そのため、単に損益計算書上の売上や利益水準を意識するだけでは不十分です。
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の対象となるのは、東京証券取引所のプライム市場およびスタンダード市場に上場しているすべての企業です。以上2つの市場に属する企業は、より高い水準の企業価値向上と情報開示が求められており、この取り組みを通じて市場の期待に応えることが期待されています。
なお、弊社ストリームラインでは、資料制作のご依頼を承っています。IR資料の作成についてお困りの方は資料作成のワンストップ代行サービス「LEAD」までお気軽にご相談ください。
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の目的
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の主な目的は、以下の3点です。
- 1. 日本企業の企業価値向上と国際競争力の強化
- 2. 資本効率の改善と持続的成長の実現
- 3. 株主・投資者との建設的な対話の促進
それぞれ詳しく見ていきましょう。
1. 日本企業の企業価値向上と国際競争力の強化
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」が導入された理由として、日本企業の資本効率と市場評価が国際的に見て低迷していることが挙げられます。
プライム市場上場企業の約50%がPBR1倍割れ、約40%がROE8%未満という現状は問題と認識されています。
引用:資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について|株式会社東京証券取引所
この調査結果から、日本企業の収益性と成長性は欧米主要企業と比較して著しく低いことがわかるでしょう。
実際、世界の時価総額ランキングにおける日本企業の順位が年々低下しており、1989年には世界の時価総額上位50社のうち32社が日本企業でしたが、現在はわずか1社のみです。
このような状況は、海外投資家にとって日本企業に投資する魅力を大きく低下させる要因です。そのため、現状を改善し日本企業の国際競争力を高めることで、グローバルな投資資金を呼び込み、日本経済全体の活性化につなげることが期待されます。
2. 資本効率の改善と持続的成長の実現
企業の資本効率を改善することも、本取り組みの目的です。企業は、損益計算書上の売上や利益水準だけでなく、バランスシートをベースとする資本コストや資本収益性を十分に意識した経営が求められています。
そのためには、知的財産や無形資産への投資や研究開発・人材育成などの中長期的な視点での投資が不可欠です。
このような取り組みを通じて、中長期的な企業価値の向上を実現し、結果としてPBRやROEの改善・時価総額の増加につなげることが期待されます。
持続的成長にまつわるレポートである「サステナビリティレポート」については、以下の記事を参考にしてみてください。
▶ 【制作事例付】サステナビリティレポートとは?目的や盛り込むべき項目・作り方を解説
3. 株主・投資者との建設的な対話の促進
投資者との対話を促進することも「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」として挙げられます。企業は、経営方針や目標・具体的な取り組みを投資者にわかりやすく説明し、共通理解を醸成することが求められています。
そのためには、開示内容をベースに株主・投資者との積極的な対話を行い、相互の認識のギャップを埋めていく努力が必要です。経営陣自らが株主・投資者との対話に参加して投資者との信頼関係を構築し、長期的な支持を得ることも欠かせません。
さらに、グローバルな投資家の日本市場に対する信頼を回復し、日本企業全体の評価向上につなげることも、この取り組みの重要な目的のひとつです。
資本コストや株価を意識した経営に取り組む際のポイント
資本コストや株価を意識した経営に取り組む際のポイントは、以下の3点です。
- 1. 現状を分析する
- 2. 計画を策定して開示する
- 3. 取り組みを実行する
それぞれ詳しく見ていきましょう。
1. 現状を分析する
現状分析には、以下のような点に注意する必要があります。
投資者視点で資本コストを捉える
資本コストは、投資者の期待収益率であるという認識を持つことが重要です。CAPMなどの単一の算出方法に固執せず、複数のモデルや手法を用いて資本コストを推計しましょう。
CAPM・・・資本資産価格モデルと呼ばれており、個別証券(主に株式)の期待収益率を求めるためのモデル
株式益利回りなど、代替的な指標も参考にして、総合的に資本コストを評価します。算出に用いたモデルやパラメータ設定を開示し、投資者との認識のズレを解消する努力をすることも大切です。
投資者からの指摘を恐れて、意図的に資本コストの算出結果について開示を控えるようなことはないようにしましょう。
投資者視点に基づき分析・評価する
投資者の視点を踏まえたうえで、自社の状況を分析します。PBRやROE・ROICなどの指標について、時系列分析や同業他社との比較を行うことが挙げられます。
ただし「PBRが1倍を超えていればOK」「ROEが8%を超えていればOK」という判断は十分ではありません。セグメント別の資本コストや資本収益性の分析を実施し、事業ポートフォリオの評価に活用することが求められます。
「目標値を達成しているか」という視点だけでなく、その要因や持続可能性について深く分析することが大切です。
バランスシートの状態を点検する
バランスシートの状態を点検し、効率的に資本を運用できているかを確認します。事業運営や成長投資を進めていくうえで、過剰な現預金を抱えていないかをチェックし、保有資産が収益獲得の観点から本当に必要なものかを精査しましょう。
将来目指すバランスシートの姿を明確にし、そこに至るまでの計画を策定することが大切です。中長期的なキャッシュフローの配分計画(キャピタルアロケーション)を策定し、開示します。
点検結果と改善に向けた計画を投資者にわかりやすく示すことで、理解を得やすくなります。
2. 計画を策定して開示する
計画の策定と開示には、以下のような点に注意しましょう。
経営資源の適切な配分を意識する
まず、持続的な成長の実現に向けた知財・無形資産の創出につながる投資を計画します。たとえば、人的資本への投資や設備投資など、中長期的な企業価値向上につながる施策などが挙げられます。
このとき、将来目指すバランスシートの姿を検討して計画を練ることが大切です。また、一過性の対応として自社株買いや増配などで株主への還元を強化することは求められていないことも留意しましょう。
あくまで、継続して資本コストを上回る収益性を達成するための取り組みが期待されています。
資本コストを低減させることを意識する
中長期的に企業価値を高めていくには、資本コストより資本収益性のほうが高い状態を維持する必要があります。そのためには、資本コストを低減させるという考え方が欠かせません。
資本コストを高める1つの要因として、情報開示が不十分であることが挙げられます。投資者から見て企業の経営が不透明に映ると不安要素と捉えられるため、資本コストの上昇要因になりかねません。
資本コストを抑えるには、投資者との対話を積極的に行い、経営の透明性を確保することが大切です。
経営陣が企業価値向上に積極的に取り組める仕組みを整える
企業価値を継続的に向上させていくには、経営層が主体となって取り組む必要があります。経営層のモチベーションを引き出すための施策として、企業の持続的な成長に向けた取り組みについてのインセンティブが報酬に反映されるよう設計することが挙げられます。
役員報酬に企業価値向上にまつわるインセンティブが組み込まれているかどうかは、投資する際の判断材料です。
また、経営陣だけでなく、従業員に対しても自社株式やストックオプションの付与を計画に含めることも検討しましょう。
中長期的に目指す姿とこれからの取り組みを紐づける
長期ビジョンや中期経営計画のなかで、どのような意図でこれからの取り組みを実施していくのかを投資者に開示します。ロジックツリーなどを用いて目標達成への道筋を説明すると効果的です。
ただ取り組みを羅列するだけでは、どのようにして企業価値向上につながるのかが株主や投資者に伝わりにくいので、目指す姿と直近の取り組みを関連付けて説明しましょう。
3. 取り組みを実行する
取り組みの実行には、以下のような点に注意する必要があります。
経営陣・取締役会が積極的に対話に関与する
経営陣や取締役会が、投資家との対話に積極的に関わることが大切です。多くの投資家は「対話の内容が経営層に届いていない」と感じています。
経営陣自らが株主・投資者との対話に積極的に参加し、直接コミュニケーションを図りましょう。具体的な取り組みとして、社外取締役と投資者とのスモールミーティングを実施し、その内容を統合報告書で開示している企業もあります。
対話で得られたフィードバックを経営陣・取締役会で共有し、意思決定に反映させましょう。
株主・投資者の属性に応じてアプローチする
株主や投資者の属性に合わせて、アプローチの仕方を変えることが大切です。株主や投資者の属性は、以下のように細分化されます。
- 国内外
- アクティブ/パッシブ
- 投資スタイル
- 担当分野 など
自社の事業やレベル感に合わせて、成長の伴走をしてくれる投資者を自らターゲティングし、積極的にアプローチすることが大切です。時価総額や認知度の変化に応じて、アプローチする投資家層を段階的に拡大していきましょう。
対話の実施状況を開示する
株主・投資者との対話の実施状況やどのようにインプットを活用したのかなどを具体的に開示します。対話を行った株主の概要や関心事項を明らかにしましょう。
とくに、株主から気づきが得られたことや、経営陣等の説明により株主の理解を得られた対話の事例を共有します。
対話やそのフィードバックを踏まえて経営に取り入れた事項があれば、その内容を開示します。これらの情報開示を通じて、投資者との信頼関係を構築し、さらなる建設的な対話の深化につなげられるでしょう。
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示事例
ここでは、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示事例を3つ紹介します。
- 1. 住友林業
- 2. アイシン
- 3. 神⼾製鋼所
ひとつずつ見ていきましょう。
1. 住友林業
引用:2023年12月期~第2四半期実績及び通期予想~|住友林業
住友林業の資料は、資本コストの詳細な開示と分析に加え、市場評価指標の改善に向けた取り組みを明確に示しているのが特徴的です。
株主資本コストの算出方法や長期ビジョンに基づく積極的投資計画を開示し、投資者との認識がずれないように努めています。さらに、株価成長やサステナビリティ指標と連動した役員報酬制度を導入し、経営陣の企業価値向上へのコミットメントを強化しています。
2. アイシン
アイシンの資料においては、事業ポートフォリオの戦略的見直しとバランスシート改革に焦点を当てた取り組みを開示している点が参考になるポイントです。
各事業の収益性と成長性を詳細に分析し、成長領域へのリソース集中を明確に打ち出しています。同時に、保有資産の圧縮によるキャッシュ創出と、それを活用した積極的な株主還元および成長投資計画を示し、企業価値向上への具体的道筋を明らかにしています。
3. 神⼾製鋼所
神戸製鋼所の資料は、株主・投資者との対話に関する内容を開示している点が特徴的です。
対話の実例とそれに対する企業の考え方やその後の検討・対応状況を明確に示し、投資者の意見が実際の経営判断にどのように反映されているかを透明性高く開示しています。
さらに、これらの対話内容を経営陣にフィードバックする体制を構築し、その実績もあわせて報告している点も評価できるポイントと言えるでしょう。
ポイントを押さえて「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に取り組もう
資本コストや株価を意識した経営は、企業の持続的成長と価値向上に不可欠です。そのためには、現状分析や計画策定・実行の各段階で、投資者の視点を取り入れることが求められます。
具体的な改善計画を策定し、透明性高く開示することで、投資者との建設的な対話につなげましょう。
なお、弊社ストリームラインでは、資料制作のご依頼を承っています。IR資料の作成についてお困りの方は資料作成のワンストップ代行サービス「LEAD」までお気軽にご相談ください。