人的資本経営とは?背景やメリット・取り組み方を詳しく解説

近年、従業員を「コスト」ではなく「資本」として捉える「人的資本経営」が注目を集めています。労働人口の減少や技術革新の加速により、企業の競争優位性は人材の質に大きく左右されるようになりました。
本記事では、人的資本経営の基本概念から注目される背景や企業が得られるメリット、そして実践的な取り組み方まで詳しく解説します。
人材を戦略的に活用し、持続的な企業成長を実現するための第一歩として、ぜひ参考にしてみてください。
弊社ストリームラインでは、資料制作のご依頼を承っています。IR資料の作成についてお困りの方は資料作成のワンストップ代行サービス「LEAD」までお気軽にご相談ください。
目次
・人的資本経営とは
・今、人的資本経営に注目が集まっている背景
1. 労働人口の減少と多様な働き方の広がり
2. 技術革新と市場の成熟による競争環境の変化
3. 投資家やステークホルダーからの情報開示要請の高まり
4. サステナビリティ(持続可能性)への関心の高まり
5. 政府・国際的な動向
・人的資本経営に取り組むメリット
1. 生産性が向上する
2. 従業員のモチベーションが高まる
3. 従業員の能力に合わせた最適な配置が実現する
4. ステークホルダーからの評価が向上し投資促進につながる
・人的資本経営を実践する4ステップ
1. 経営戦略と人材戦略を連動させるストーリーを策定する
2.「As is – To be」ギャップを定量的に把握する
3. 人的資本戦略とKPIを設定する
4. 施策を展開し効果をモニタリングする
・人的資本経営を成功させるために意識すべきポイント
1. 人材のポートフォリオと事業のポートフォリオはセットで考える
2. 経営陣が率先して人的資本経営に取り組む姿勢を示す
3. 人的資本に関する情報を社内外に透明性高く開示する
・人的資本経営の考え方を取り入れましょう
人的資本経営とは
人的資本経営とは、従業員を「コスト」ではなく「資本」として捉え、投資・育成する経営手法です。

具体的には、従業員の健康管理や多様な働き方の実現・スキル開発・機会の提供などの取り組みが含まれます。
実際、人的資本経営を実践する企業では、離職率の低下や生産性の向上といった成果が報告されています。
また、優秀な人材の獲得や企業イメージの向上につながることが多いのも人的資本経営に取り組むメリットです。
人的資本経営は、人材を大切にすることが企業価値の向上と持続的成長をもたらす経営戦略といえるでしょう。
今、人的資本経営に注目が集まっている背景
人的資本経営が注目される理由を理解するには、以下の5つの要素が欠かせません。
- 労働人口の減少と多様な働き方の広がり
- 技術革新と市場の成熟による競争環境の変化
- 投資家やステークホルダーからの情報開示要請の高まり
- サステナビリティ(持続可能性)への関心の高まり
- 政府・国際的な動向
それぞれ詳しく解説します。
1. 労働人口の減少と多様な働き方の広がり
日本の労働人口は、少子高齢化により2030年までに2023年比で約300万人減少すると予測されています。
人口減少によって、企業の人材確保が困難になることが予想されるため、経営戦略の見直しが迫られているのが現状です。
実際、リモートワークやフレックスタイム制など働き方の多様化が急速に進んでいます。
こうした変化に対応するため、従業員ひとりひとりの能力や意欲を最大限に引き出す人事制度の構築が求められています。
多様な人材を活かし、生産性向上と従業員満足度の両立を図ることが、人的資本経営において重要な課題といえるでしょう。
2. 技術革新と市場の成熟による競争環境の変化
人的資本経営が重視される背景として、技術革新と市場の成熟が進み、企業間における競争優位性の源泉が人材へとシフトしていることが挙げられます。
デジタル化やAI技術の急速な発展により、従来の設備投資や物的資本だけでは差別化が困難になりました。
成熟市場では、製品やサービスの同質化が進み、顧客体験を創造する人材の創意工夫が競争力を決定づけます。
また、グローバル化により世界中の企業と競争する環境下で、イノベーションを生み出す人材の確保・育成が急務です。
このように、技術と市場の変化が加速する現代において、人的資本への戦略的投資が企業価値を高めるための中核を成しています。
3. 投資家やステークホルダーからの情報開示要請の高まり
投資家やステークホルダーが企業の人的資本に関する情報開示を求めるようになっているのも、人的資本経営に焦点があてられる要因のひとつです。
近年、ESG投資の拡大により、環境や社会的責任と同様に、人材戦略も企業価値を左右する重要な要素として認識されるようになりました。
とくに、人材育成への投資額や従業員の定着率・多様性の推進状況などの定量的データが求められています。
また、2023年3月期決算以降、有価証券報告書での人的資本情報の開示が義務化され、企業は対応を迫られています。
人材の価値を可視化することが企業の持続的成長には不可欠であり、情報開示の質と量が企業評価の新たな基準となっていくでしょう。
なお、ESGについては以下の記事を参考にしてみてください。
4. サステナビリティ(持続可能性)への関心の高まり
サステナビリティに対して社会的な関心が集まっていることも、人的資本経営を推進する重要な背景です。
企業が長期的に存続し成長するためには、環境や社会との調和が不可欠であるという認識が広がっています。
とくに、SDGsの採択以降、企業の社会的責任や環境へ配慮することが投資先を判断するうえで重要な要素となりました。
人的資本は、環境問題や社会課題の解決に向けたイノベーションを生み出す源泉です。従業員の多様性を尊重し、ひとりひとりの能力を最大限に引き出す企業文化は、新たな価値創造につながります。
また、公正な労働環境の提供や人権尊重は企業の社会的評価を高め、持続的な成長の基盤となるでしょう。
投資家も、短期的な利益だけでなく、人材への投資を通じた長期的な企業価値の向上に注目しています。
人的資本経営は、サステナブルな社会の実現と企業の持続的成長を両立させる経営戦略として、今後さらに重要性を増すでしょう。
5. 政府・国際的な動向
人的資本経営への注目は、国内外の政策動向によって加速しています。
日本政府は2022年に「人的資本可視化指針」を策定し、企業の人材投資や育成状況の開示を促進しました。経済産業省も「人的資本経営の実現に向けた検討」を公表し、人材を「コスト」ではなく「資本」として捉える経営への転換を推進しています。
国際的には、2020年に世界経済フォーラムが「ステークホルダー資本主義」を提唱し、人的資本の重要性を強調していることがよい例です。
また、EUでは企業サステナビリティ報告指令(CSRD)により、人的資本情報の開示が義務化されつつあります。
こうした国内外の政策・市場環境の変化により、企業は人的資本経営への取り組みを避けて通れなくなっています。
人的資本経営に取り組むメリット
効果的な人的資本経営を実現するために、次の4つのメリットを押さえましょう。
- 生産性が向上する
- 従業員のモチベーションが高まる
- 従業員の能力に合わせた最適な配置が実現する
- ステークホルダーからの評価が向上し投資促進につながる
各メリットについて詳しく説明します。
1. 生産性が向上する
人的資本経営の考え方では、従業員の能力開発と職場環境を整備することで、企業の生産性を向上させることを目指します。
従業員ひとりひとりのスキルや知識を最大限に引き出すことで、業務効率が高まり、同じ時間でより多くの成果を生み出せるようになるでしょう。
人材を適材適所で配置することも生産性向上の重要な要素であり、個々の強みを活かせるポジションを割り当てることが成果を最大化します。
人的資本へ投資することは、企業全体の生産性向上という形で長期的なリターンをもたらすでしょう。
2. 従業員のモチベーションが高まる
人的資本経営は、従業員のモチベーション向上に直結します。
たとえば、業務に関連した研修プログラムや資格取得支援制度を設定すれば、従業員の専門性を高める機会となるでしょう。
企業が従業員のスキル開発やキャリア形成に投資することで、従業員は自身の成長を実感できます。
また、公正な評価制度や透明性のある昇進システムを導入することで、従業員が「自分の努力が正当に認められている」と感じさせる効果を期待できます。
このように、従業員のモチベーションを高めることで、生産性向上や顧客満足度の改善といった企業全体のパフォーマンス向上につながるでしょう。
3. 従業員の能力に合わせた最適な配置が実現する
従業員ひとりひとりの能力や適性を可視化して、人材を適材適所で配置できることも人的資本経営に取り組むメリットです。
まず、従業員のスキルや経験・志向性などを体系的にデータ化し、人材の全体像を把握することから取り組みます。
たとえば、社内で実施したスキル診断や定期面談の情報を統合することで、潜在能力や成長可能性も含めた人材マップを作成できるでしょう。
このデータを活用すれば、営業力が高い社員は顧客接点の多い部署へ、分析力に優れた人は戦略部門に配置するなど、それぞれの強みを活かせるフィールドへ割り当てられます。
人材の最適配置は、組織全体の生産性向上につながり、個人と組織双方の成長を促進する好循環を生み出せるでしょう。
4. ステークホルダーからの評価が向上し投資促進につながる
人的資本経営への取り組みは、投資家をはじめとするステークホルダーからの企業評価を高める効果があります。
近年、ESG投資の拡大により、人材育成や従業員の健康管理などの人的資本に関する情報開示を重視する投資家が増加しているからです。
人的資本への投資状況や従業員満足度の向上施策を積極的に開示することで、企業の持続的成長への期待が高まります。
とくに、離職率の低下や従業員エンゲージメントの向上といった定量的な成果を示せれば、投資家から資金を集めるうえで有利になるでしょう。
取引先や顧客からも「人を大切にする企業」として信頼を獲得しやすくなり、ビジネス機会の拡大につながります。さらに、就職希望者からの関心も高まり、優秀な人材の獲得にも有利にはたらくでしょう。
人的資本経営を推進することは、多様なステークホルダーからの支持を集め、企業価値の向上と持続的な成長を実現する重要な経営戦略といえます。
人的資本経営を実践する4ステップ
効果的な人的資本経営を実現するために、次の4つのステップを押さえましょう。
- 経営戦略と人材戦略を連動させるストーリーを策定する
- 「As is – To be」ギャップを定量的に把握する
- 人的資本戦略とKPIを設定する
- 施策を展開し効果をモニタリングする
各ステップについて詳しく説明します。
1. 経営戦略と人材戦略を連動させるストーリーを策定する
経営戦略と人材戦略を一貫性のあるストーリーとして構築することが、人的資本経営の第一歩です。企業の中長期的な事業目標を明確にし、その達成に必要な人材像を具体的に定義します。
たとえば、グローバル展開を目指す企業であれば、語学力と異文化理解力を持つ人材の育成計画を戦略に組み込むことが挙げられるでしょう。
投資家に対しては、人材への投資がどのように企業価値向上につながるのかを数値とともに説明できるようにします。
社内外のステークホルダーが納得できる論理的なつながりを持たせることで、人材施策への理解と支持を得やすくなるでしょう。
2.「As is – To be」ギャップを定量的に把握する
人的資本経営の実践では、現状と目標のギャップを数値で明確に把握することが成功への鍵となります。
まず、現状分析として、従業員エンゲージメントスコアや離職率・生産性指標などの人的資本関連データを収集します。

同時に、業界ベンチマークや先進企業の事例を参照し、自社の位置づけを客観的に評価することも重要です。
次に、経営戦略に基づいた「To be」の姿を具体的な数値目標として設定しましょう。
たとえば「3年後にエンゲージメントスコアを現在の65点から80点に向上させる」などです。
このギャップ分析の段階で、単なる数値比較だけでなく、その背景にある組織文化や人材育成の課題も洗い出します。
定量的にギャップを把握することで、人的資本への投資の優先順位が明確になるでしょう。
3. 人的資本戦略とKPIを設定する
人的資本戦略を推し進めるには、測定可能なKPIを設定することが重要です。
たとえば「3年以内に女性管理職比率30%を達成する」「エンジニア1人あたりの年間研修時間を40時間確保する」というように数値化しましょう。
投資家に対しては、戦略とKPIを統合報告書やIR説明会で明確に伝えることで、長期的に企業価値を向上させるための方針を示せます。
4. 施策を展開し効果をモニタリングする
人的資本施策を実行し、その効果を定期的に測定・評価することも忘れてはいけません。
施策の展開では、部門横断的なプロジェクトチームを編成し、責任者と実行スケジュールを明確にすることが重要です。
効果測定には、従業員エンゲージメントスコアや離職率・一人当たり売上高などの定量指標と、インタビューやアンケートによる定性的評価を組み合わせます。
従業員エンゲージメントスコアとは…
従業員が会社に貢献する意欲をどの程度持っているかを測る指標
データ分析結果は、投資家向け統合報告書やIRミーティングで開示し、企業価値向上への取り組みを示すとよいでしょう。
人的資本経営は、継続的な改善プロセスであり、長期的視点で粘り強く取り組むことで企業の持続的成長を実現します。
人的資本経営を成功させるために意識すべきポイント
人的資本経営の成功には、以下の3つの要素が欠かせません。
- 人材のポートフォリオと事業のポートフォリオはセットで考える
- 経営陣が率先して人的資本経営に取り組む姿勢を示す
- 人的資本に関する情報を社内外に透明性高く開示する
これらの要素がどのように成功に貢献するか、順に見ていきます。
1. 人材のポートフォリオと事業のポートフォリオはセットで考える
人材ポートフォリオと事業戦略の一貫性を確保することが、人的資本経営を成功させるポイントです。
企業が目指す事業展開に、必要な人材の質と量を明確に把握することから始めるべきでしょう。
たとえば、成長事業には革新的思考を持つ人材を、安定事業には効率性を重視する人材を配置するといった戦略が有効です。
中長期的な事業計画に基づき、3〜5年後に必要となる人材像を具体的に描きましょう。
現状の人材構成と将来必要な人材のギャップを分析し、採用・育成・配置転換などの施策を計画的に実行します。
デジタル化やグローバル展開など事業環境の変化に応じて、必要なスキルセットも柔軟に見直す必要があります。
事業戦略と人材戦略を連動させることは、持続的に企業価値を向上させるうえで欠かせません。
2. 経営陣が率先して人的資本経営に取り組む姿勢を示す
人的資本経営の成功には、経営トップ自らが明確なコミットメントを示すことが不可欠です。
経営会議や取締役会で定期的に人的資本指標をレビューし、経営課題として議論する姿勢が重要です。
人事部門任せにせず、事業戦略と人材戦略の一体化を経営陣自らが推進する体制を構築しましょう。
また、従業員と直接対話する機会を設け、現場の声に耳を傾けることも効果的な取り組みといえます。
3. 人的資本に関する情報を社内外に透明性高く開示する
人的資本に関する情報開示は、ステークホルダーとの信頼関係構築に不可欠です。
従業員の育成計画や多様性推進の取り組み・離職率などの定量データを定期的に公表することが重要です。
とくに、投資家は企業の持続的成長を支える人材戦略に注目しています。そのため、情報を開示することで企業価値の正確な評価につながり、長期的な投資を呼び込む効果が期待できるでしょう。
具体的な開示方法としては、統合報告書やサステナビリティレポートの活用が効果的です。
また、四半期ごとの進捗報告や社内ポータルでの共有も実践するとよいでしょう。
人的資本情報の透明な開示は、企業の持続的成長と社会的信頼の獲得という2つの価値を同時に実現する戦略です。
サスティナビリティレポートについては、以下の記事を参考にしてみてください。
人的資本経営の考え方を取り入れましょう
人的資本経営は、従業員を「コスト」から「価値を生み出す資本」として捉える考え方です。
従業員のスキル向上や働き方改革への投資は、短期的にはコストに見えますが、長期的には生産性向上と企業価値の向上をもたらします。
人的資本への投資効果を可視化し、ステークホルダーに向けて積極的に発信することで、企業の持続的成長への期待を高められるでしょう。